著名な評論家ティラユット氏が現在の政治と社会対立についての講演を行った。大変良く的を得た内容だったのでその一部を紹介したい。同氏はタクシン政権時代に辛らつな政権批判を行い、大きな議論を呼んだが、今回も話題を提供しそうである。
“対立を繰り返す現状は、過去一世紀続いてきた中央集権的な政治や社会体制、都市と地方の格差に根源があり、これ等の歪みが背景にあると分析している。長い間権力を持ち富裕だった人々がいる一方、地方の低所得者層は行政の外に置かれてきた。タクシン氏はこれら地方の低所得者層に対して、医療の充実を筆頭に手厚い支援を約束するバラマキ政策を取ったことにより支持基盤を広げた。そして今日も多くの庶民から支持を受け続けている。
2006年のクーデターは、タクシン氏を支持していた庶民の反感を買う結果となり、これまで行政の外に置かれていた庶民は政府に対して何かを主張する楽しみを感じるようになっていった。そして、国民は黄シャツ(反タクシン派)・赤シャツ(親タクシン派)に分裂し、赤は黄を超ナショナリストと呼び、黄は赤をタクシンに騙されている愚か者と批判しあった。この両者の対立解消は短期間では困難であろう。
1957年のクーデターを成功させたサリット元首相、同じく軍部出身で未だに多大な影響力を発揮するプレム枢密院議長、並びにタクシン元首相をタイ政治のあり方を変えた3人の重要人物と評価している。しかし、タクシン氏がタイ政治を改善して行くのか、さらなる混乱に導くのかを判断するにはまだ時間を要する。今のところ彼は民主主義のリーダーというよりは、マーケティングのリーダーである。それは、タクシン氏が自らの支持者をいつも製品を買ってくれるお客さんと見ているからだ。また、赤シャツには政治体制を変えていくイデオロギーは無く、本当の意味での政治運動とは考えていない(この表現は非常に面白いと感じた)。
両者の対立解消のためには、憲法改正や独立機関の在り方の見直し等やりたい事を急ぐのではなく、王室に近いスメート氏や未だにNo.1の人気を誇るアナン元首相等を起用し、彼等の意見をよく聞くべきである。また、保守的な人々が国王を神格化しよとしているが、これも現在の社会の環境に合わせ、王制のあり方を議論すべきである。現政府が熱心に取り組む人気取り、バラマキ政策で成功した国は世界的に見ても無い(日本もまさに同様と感じる)。”と締めくくった。
また、インラック首相については、スマートでファッションセンスが抜群であるとのみ論評し、対抗馬のアピシット前首相については、自分の喋りに酔ってしまう事があり、饒舌な語り口が時にマイナスになっていると論評した。現在の日本に当てはまる点も多々あるように感じ、共鳴を覚える点の多い講演内容であった。